千葉県松戸市について

千葉県松戸市

松戸市は、千葉県北西部に位置していて、東京都に接する市です。1943年に東葛飾郡松戸町・高木村・馬橋村が新設合併し、松戸市が発足しました。市の中心部の松戸地区は、古くから水戸街道の宿場町として栄えてきました。近年は東京のベッドタウンとして発展しています。千葉県内では千葉市、船橋市に次いで居住人口3位です。

「すぐやる課」

千葉県松戸市は日本初の「すぐやる課」を作った役所であるということをご存知でしょうか。そしてその「すぐやる課」を作ったのが、松本清。そう、あのドラッグストアチェーン「マツモトキヨシ」の創始者なのであります。もともと「マツモトキヨシ」は、松戸市長なども勤めた政治家。「マツモトキヨシ」の名前の由来も、選挙で自分の名前「松本清」を連呼するので、それなら薬局の名前も「薬局マツモトキヨシ」にしようと決めたことから来ているそうであります。なお「すぐやる課」は今でも松戸市役所の2階に存在しており、ホームページも持っています。

「松戸」の名の由来

「松戸」の名の由来は詳細は不明ですが、有力な説として、

  1. 松戸一帯には後に小金牧が設置されるなど馬の飼育が盛んでした。そこで「馬の里」から「馬里(うまさと)」から「まさと」になり、変化して「まつど」になったといわれます。
  2. 松戸神社の伝承では、ヤマトタケルが従者とこの地で待ち合わせたところに祠を祀ったという故事から、「待つ里」→「まつど」→「松戸」と称される由縁になったといいます。
  3. 松戸は太日川(現・江戸川)の川べりにある宿場町であり、渡し舟を「待つ里」から「まつど」に転じたとも考えられます。

地名

地名は、その土地に相応しい意味をもっています。その土地の地形や歴史、伝承に関連し名づけられている場合が多く、俗説も含めてその由来を知ることで先人の思いや願いを感じ取ることができます。

紙敷
平将門の上屋敷があったことから紙敷になったと伝えられています。
根本・中根
弘法大師が1本の木から薬師如来を刻んだ際、木の根本で刻んだものを安置した吉祥寺のある村を根本村、中間の木でつくったものを安置した東照院のある村が中根村になったと伝えられています。
栗山
日蓮宗本久寺の西に大木があり、夕日があたるとご来迎に見えたことから寺の山号を西木山としたそうです。そして、西木山の西と木をあわせて栗山になり地名としたと伝えられています。
古ケ崎
江戸川の流路変更工事前は、西側に突き出した岬のような形状であったことから古ヶ崎になったと伝えられています。
小山
浅間神社のある浅間山があることから小山になったと伝えられています。
馬橋
長津川にかかる水戸街道の橋は、大雨のたびに流されるので、万満寺開山の良寛上人(りょうかんしょうにん)が馬の鞍をした橋を架けさせたところ、それ以来、橋は流されなくなったそうです。そして、人々は、その橋を「馬橋」と呼ぶようになり地名の由来になったと伝えられています。
八ケ崎
遠望すると八つの岬があるように見えたことから八ヶ崎になったと伝えられています。
上本郷
風早郷の中心(本郷)だったことから上本郷になったと伝えられています。
相模台
房総3カ国の守護職で「相模守」だった北条長時がこの地に城を築いたことから相模台になったと伝えられています。
岩瀬
岩瀬城があったためと伝えられています。
小金原
小金城主高城氏の支配地であったことから小金野と呼ばれ、江戸時代に小金原と呼ばれるようになったと伝えられています。
南花島
寺号を花島寺と称していた栄松寺があったことからではないかと思われます。また、南が付くのは葛飾郡内に花島村がもう一つあったからと伝えられています。
大谷口
高城氏の小金城のあった地で、城郭の南面に大きな谷頭が口を開いていたから大谷口になったと伝えられています。
金ケ作
野馬の放牧場であったことから、野馬の侵入を防ぐ柵に由来すると思われます。
牧の原
野馬の放牧場であったことに由来すると思われます。
陣ケ前
高木筑後守の陣屋があった南側を意味すると思われます。
二十世紀が丘
松戸覚之助が品種改良した二十世紀梨の名から付けられました。
松飛台
松戸飛行場があったことから名付けられました。
常盤平
市民公募により、新京成電鉄に勤務する青木正次郎さんの応募された常盤平に決定した。これにより鉄道駅も金ヶ作駅から常盤平駅に改められました。
常盤平陣屋前
中野牧は現在の常盤平団地を中心に五香六実、松飛台、高塚新田、初富(鎌ケ谷市)に及びました。特に幕府は中野牧・下野牧産の馬を重視したため、江戸幕府の野馬奉行となった綿貫氏によって、「金ヶ作陣屋」を設けさせました。この陣屋のあった場所が、さくら通りの八柱入口付近だったことにちなんで、この付近を「陣屋前」と名付けました。
きよしケ丘小金清志町
すぐやる課をつくって話題を呼んだ松本清市長にちなんで名付けられました。

地域

北松戸・上本郷
新坂川沿いに北松戸工業団地があり、大手企業の製造工場等が並んでいます。北松戸駅近くに松戸競輪場があります。駅から離れた古ヶ崎・上本郷地域は住宅地です。
八柱
新八柱駅と八柱駅を中心とした地域。松戸市内では松戸駅に次いで乗降客数が多い地域です。駅周辺に商業施設が集中し、にぎわいを見せている一方、少し離れると閑静な環境を保っています。付近は一戸建てと集合住宅が混在する郊外住宅地であり、人口は増加傾向にあります。駅名は旧八柱村(現在の東松戸駅周辺)に由来するもの。現在、松戸市内には八柱という地名はありませんが、八柱駅・新八柱駅周辺には「八柱」「新八柱」の名を冠した施設は多いです。
小金
北小金駅南口から国道6号の間を指す。駅前はイオン北小金を中心に商業地が並んでいます。駅前を外れると住宅地になります。
小金原
常盤平団地に次ぐ2番目に出来たマンモス団地小金原団地があります。「小金」と付いていますが、北小金駅からは離れています。小金原7丁目・栗ヶ沢・根木内に一部小金の飛び地があります。付近は下総台地の起伏が多く、住宅地と畑、梨園が混在しています。
本町・松戸
当市の中心地。松戸駅西口周辺、旧水戸街道沿いは古くからの商業地です。市役所庁舎や松戸警察署もこの地域に所在していました。1970年代に行われた区画整理事業によりほぼ現在の形となります。松戸宿は江戸から千住、新宿(にいじゅく)に次ぐ三番目の宿で次いで小金宿となります。馬橋村は松戸宿と小金宿の間(あい)の宿といわれていました。
紙敷・東松戸
東松戸駅周辺は商業地、住宅地として開発中です。
新松戸
本来の地名は「幸谷」ですが、国鉄駅開設の際、名称を北馬橋にするか、南小金にするかで揉め、住人の妥協案で新松戸に決定した経緯があります。地名としての「新松戸」は新松戸駅西側の地域ですが、北小金駅北口周辺〜流山市市境及び、馬橋駅西口の北側の一部は新松戸に含めることもあります。現在は大規模集合住宅を中心とした住宅地で、駅前は商業施設が立地しています。
千駄堀
山林、畑、梨園が多く、松戸市内では比較的緑が残っている地域です。当該地域の東半分は21世紀の森と広場が広がり、休日は親子連れでにぎわいます。
常盤平
大規模UR賃貸住宅である常盤平団地付近の地域。団地周辺は閑静な住宅街で、日本の道100選に選ばれた常盤平さくら通りがあります。常盤平駅、五香駅前には商業地が立地しています。
馬橋
馬橋駅周辺は商業地で、馬橋駅を外れると住宅地です。付近の八ヶ崎、二ツ木、三ヶ月(みこぜ)地区は住宅地と畑、山林、梨園が混在しています。
稔台
みのり台駅を中心に商業地が広がっています(みのり台駅の所在地は松戸新田)。南西部に稔台工業団地があります。JR武蔵野線新八柱駅が開業するまでは八柱駅よりこちらの方が賑わっていました。付近は一戸建てや低層アパートを中心とした住宅地です。
矢切
住宅地と農地が混在し、東京都に隣接する割に緑豊かな地域です。ネギが名産で、「矢切の渡し」など観光スポットが多い地域です。

歴代市長

  • 初代・・・門六郎(1943年 - 1946年)
  • 2代・・・川井卯之助(1946年 - 1947年)
  • 3代・・・恩田明(1947年 - 1951年)
  • 4代・・・坂巻林之助(1951年 - 1953年)
  • 5〜8代・・・石橋與市(1953年 - 1969年)
  • 9〜10代・・・松本清(マツモトキヨシの創業者。1969年 - 1973年)
  • 11〜16代・・・宮間満寿雄(1973年 - 1994年)
  • 17〜20代・・・川井敏久(1994年 - 2010年)
  • 21代・・・本郷谷健次(2010年 - 現職)任期は2014年7月2日まで